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INTERVIEW

可能性に気づいて一歩踏み出せば、楽しい世界が待っている。

ーバンゲ会員・菱沼亮さんと桑原茂治さんがキックボクシングをする理由ー

「バンゲに通う人々」に代表・新田明臣がインタビューするシリーズ。今回登場するのは菱沼亮さんと桑原茂治さん、ふたりに共通するのは視覚に障害があること。バンゲに通うようになったきっかけ(どちらも
新田が街で“ナンパ”したから……)、ふだんのトレーニングの様子、そしてこれからの目標をうかがいました。ふたりが口を揃えるのは、一歩踏み出すことの大切さ。読めば勇気が湧いてくる、そんな座談会の様子をお届けします。

すべては恵比寿の駅前での“ナンパ”から始まった

新田:菱沼さんがバンゲに通うようになって、もう15年くらい経ちますね。

菱沼:最初の出会いは忘れられません。僕が恵比寿ガーデンプレイスに勤めていた頃、駅周辺が混雑していたので立ち往生していたんです。そこに声をかけて案内してくれたのが新田さん。

新田:「何してるんですか」って、ナンパみたいに声を掛けました(笑)。

菱沼:誘導してくれるというので、お言葉に甘えて腕を掴ませてもらったら、ものすごく筋肉質で(笑)。驚いて聞いてみたら、元キックボクサーで、今は引退してジムを経営していると。連絡先を交換して、それからも何度か誘導してもらいましたね。

新田:当時は恵比寿ガーデンプレイスの近くにジムがありましたから。それで菱沼さんもジムに足を運んでくれるようになって。

菱沼:目が見えていた頃はサッカーをしていたし、テレビで格闘技もよく観ていたので、体を動かしたいなって常々思っていたんですよ。それですぐに入会して、今ではすっかりバンゲが生活の中心になりました。

桑原:私は今年の3月に始めたばかり。今年で65歳になったのを機に、思い切ってやってみようかと。

新田:桑原さんと初めてお会いしたのは3年くらい前でしたっけ。

桑原:はい、2020年の8月です。私も恵比寿に税理士事務所を構えているんですが、東口にある喫茶店の前で新田さんに声を掛けていただいて、駅まで案内してくださったんです。

新田:ちょうどコロナ禍の真っ只中で、いろいろと大変だった頃ですね。

桑原:道すがら、経営や経理の話をしましたね。私も税理士ですから、いろいろ突っ込んで話をお聞きしました。その後もときどき、通勤時に新田さんに誘導していただくようになって。

菱沼:僕と同じですね。やっぱり新田さんと話すうちにジムに興味を持ったんですか?

桑原:いえ、最初はもう、お誘いいただいても「無理、無理!」と断っていたんですよ。でも、私と同じ視覚障害のある菱沼さんがやっていると聞いて、だんだん「できるのかな?」と思うようになりました。65歳って、一般的に定年退職する年齢でしょう。だから何かを始めたいと思って、誕生日を迎えた翌日に申し込んだんです。

新田:その次の日にはもうトレーニングを始めましたよね。まだ2か月ほどなのに、今ではすごい動きをします。とても目が見えないとは思えないくらい。一方、菱沼さんはもうキャリアが長くて、キックボクシングトレーナーとしてイベントに参加したりもしていますし。

菱沼:長いですね。合宿に一緒に行ったり、カナダに旅行したり、僕の実家に来てくれたり。バンゲは新田さんもほかのスタッフの皆さんも本当にあたたかくて、アットホームなんですよ。ちなみに新田さんとのエピソードを書いた「今日の誘導者」というエッセーは「第53回NHK障害福祉賞」の優秀作品に選ばれました。

桑原:すごいことですよね。ちなみに、新田さんは最初、どういう気持ちで声を掛けたんですか?

新田:僕はけっこう、誰にでもすぐ声を掛けるんです。ぜんぜん何も考えていないです(笑)。

トレーニング内容は同じ、違うのは耳とイメージを使うこと

菱沼:桑原さんは、今はどれくらいのペースで通っているんですか?

桑原:週1回くらいですね。だいたい平日の11時くらいから1時間くらい。

新田:税理士事務所の社長だから、平日でも通いやすいんですよね。事務所もウチの近所ですし。

桑原:なるべく空いている時間帯がいいと思って。目が見えないのでほかの人に迷惑を掛けてはいけませんから。

新田:トレーニング中はとても目が見えないとは思えない動きをするんですよ。だから、事情を知らない人にもわかるよう、ジム内ではなるべく白杖を持ってもらっているくらい。

桑原:いやでも、実際にやる前は、目が見えない私はボコボコに蹴られるんじゃないかって思っていたんですよ(笑)。

新田:そんなことを思っていたんですか(笑)。

桑原:目が見えなくなる以前はそれなりに運動していましたけれど、子どもの頃の格闘技のイメージがあって、どうしても。

菱沼:視覚的に見えないのは、やっぱり不安ですよね。

桑原:視覚障害がある人が「フィットネスジムに申し込んだら断られた」と書いているのを読んだことがあります。バリアフリー設備が整っていないのか、怪我をさせられないと思ったのかはわかりませんが。だから、私はそもそもジムに通えるとは思っていなかったんです。

新田:じゃあ、最初は相当の勇気が必要だったでしょう。

桑原:そうですね、でも新田さんのお人柄で安心感がありました。それに菱沼さんが長くやっておられると聞いたので、それなら大丈夫かなと。菱沼さんが実験代わりというわけでもないですけど(笑)。菱沼さんは最初はどうでしたか?

菱沼:僕は20代だったし、単純に面白そうだなって。グローブをはめるのも生まれて初めてでしたが、ミットを打って響く音も迫力があって、爽快でしたね。今は1、2週間に1回くらいのペースでトレーニングしています。

新田:おふたりとも、トレーニング内容は他の会員さんと同じですね。シャドー、筋トレ、バランストレーニング、ミット打ち。ただ、僕はふだんは「見て学べ」って教えているんですよ。でもおふたりは音やイメージを使ってトレーニングするから、指導方法がまったく違うんです。視覚的なハンディキャップがあっても、ほかの感覚を使って同じように動けるのを見ると感動します。

菱沼:新田さんはよくその話をしますね。

新田:たとえば目が見えているのに「見ていない」人って多いじゃないですか。スマホを見ながら歩いている人って、視界に入っているのに気づかなかったり、声を掛けても聞こえなかったりしますよね。ある意味では、桑原さんや菱沼さんに似た状況で生きている人が多いと思うんです。同じものを見ていても、内面の世界はそれぞれ違う。そういう意味では意識的な部分で交流がしやすい時代なのかなと思います。

桑原:なるほど、そういう見方もあるかもしれません。

新田:人は生まれてから「できること」が増えていって、次第に「できないこと」が増えていきますよね。その中で今どうするかが常に問われますが、菱沼さんや桑原さんを見ていると、物理的な制限があってもそれ以外の能力が必ず発達するんだとわかるし、それぞれの状況で幸せを探していけるのが人間のすごいところだって実感するんです。人生を学ばせてもらえるというか。

菱沼:この15年間、新田さんとはずっとそういう話をしてきた気がしますね(笑)。トレーニング中もよく話しますし、飲みにいったり、カラオケに行ったりもしますからね。

新田:プライベートでも親しいですから、菱沼さんはもう会員さんという枠を超えています(笑)。

体の使い方がうまくなり、心のあり方がポジティブに

新田:おふたりはキックボクシングのトレーニングを生活に取り入れるようになって、変化はありましたか?

菱沼:体力、筋力が付きましたし、柔軟性も高まって体を動かしやすくなりましたね。それ以上に、バンゲに通うようになって生活が楽しくなりました。運動することで気力・体力が充実するという以上に、気持ちの面がガラっとポジティブに変わりましたね。ふだんお会いすることのない人、たとえば芸能人の方とかともバンゲでは交流できますし。

新田:前回のインタビューに出てくれたFUNKY MONKEY BΛBY’Sのファンキー加藤さんが、「菱沼さんのことは絶対に忘れられない」って言っていましたよ。彼が車を停めるときに、菱沼さんが見えないのに「バックオーライ! 全力で来てください!」って誘導したから(笑)。

菱沼:バンゲというコミュニティの中ではつい素が出てしまうんです(笑)。

新田:ブラックジョークの極みです(笑)。桑原さんも、トレーニングを始めてから劇的に体が変わりましたよね。

桑原:おかげさまで、体がすごく柔らかくなりましたね。あとは、メンタル的に積極性が増したと思います。「やってみればできるじゃん」って。

新田:ご自宅は川崎ですよね。そこから長い間、事務所がある恵比寿に通っているから、もともとメンタルは強いんですよ、きっと。

桑原:強さという点では、新田さんからエネルギーをもらいたいという気持ちがあります。なんといってもキックボクシングの実力がすごいですから。これからも続けていって、菱沼さんのパンチを避けられるくらいにはなりたいですね(笑)。

新田:ふたりとも、たぶん自分で思っている以上に上手ですよ。ほかの会員さんに「今の方は全盲なんですよ」と言うとすごく驚きますから。トレーニングを通して予測能力やバランス感覚が研ぎ澄まされて、日常的に危険回避がしやすくなればいいなと思っているんですが、そのあたりはどうですか。

菱沼:全身のバランスが向上して歩きやすくなりましたね。移動中も、何かが体に触れるとふっと避けるようになったり。

桑原:私は以前は背中を丸めて歩いていましたが、新田さんから「軸を大切に」と言われてから背筋を伸ばすことを意識するようになりました。つまづいてもバランスを崩すことは減ったと思います。キックボクシングに関しては、今は頭で考えて体を動かしていますが、無意識にパンチやキックを出せるようになれば、あの心地いいリズミカルなミット打ちの音が鳴らせるのかなと思っています。

新田:これから楽しみですね。菱沼さんはもう自分でミットを持つこともあって、僕が強く蹴っても受け止められるくらい。

菱沼:新田さんと15年もやってきましたから。

新田:僕は人間はすべて、立場は違えど平等だと思っているんです。でも一般的には、海外の人に声を掛けるときに尻込みするように、障害がある人には遠慮してしまうことがありますよね。そこを一歩踏み出すには勇気が必要で、僕が格闘技を始めたのも勇気が欲しかったから。おふたりがアクティブに活動している姿を見て、みんなが同じ土台に立って共感できるきっかけになったらいいなと思うんです。

菱沼:僕の場合は視覚障害ですけど、それ以外の障害がある人も含めて、やれることが日常的に限られていても、実はすごく可能性があるんだと伝えたいですね。ジムに通うこともできるし、人と交流できるし、カラオケもできる(笑)。新田さんと出会って、可能性があることをすごく実感しました。

桑原:私は幸いにも、これまで視覚障害があることに劣等感を感じたことはなかったんです。障害のあるなしにかかわらず、「まずはやってみたら?」と言いたいですね。実際に私と同じように65歳で定年退職して、散歩くらいしかやることがないというような話も聞きますし。引っ込み思案な人でも、踏み出してみたら楽しいよって発信できたらいいですね。

新田:そのためにも、僕らバンゲがメジャーデビューしていかないと。

菱沼:ですね。もうちょっとなんですけどね〜。

桑原:あれ、バンゲってまだデビューしていないんでしたっけ?(笑)

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